サム・アルトマンには、なぜかいつもドラマがある|AIニュースの「サムネイル」を観察してみた

サム・アルトマンには、なぜかいつもドラマがある|AIニュースの「サムネイル」を観察してみた

わたしは20年以上、WEB制作の仕事をしている。ポータルサイトの運営会社に派遣で行っていた頃は、新しい動画サービスのコーナーページや特集ページを作っていた。ちょうど韓国ドラマブームで、動画配信コーナーのサムネイルも来る日も来る日も作った。別の会社では、通販や美容外科のサイトのバナーやページを作っていた時期もある。どの現場でも、ページを作る仕事には「小さな四角の中に、何をどう収めるか」という作業が必ずついて回った。

なお、ここで言うサムネイルとは、ニュース一覧で見出しの横に並ぶ、あの小さな正方形の写真のことである。YouTubeのサムネのように、文字を載せて作り込む画像のことではない。(便宜上ここではそういった作り込んだ画像を『バナー』と呼ぶことにする。)

今は、WordPressでもネットショップでも、画像をアップロードすれば自動で正方形に切り抜かれて並ぶ。でも以前はそうではなかった。インデックスページに並ぶサムネイルは、一枚ずつ、どこを切るか決めて手作業で作るものだった。今の各種ニュースサイトがそれぞれどう運用しているかは分からないが、自動で流れていく仕組みの中で仕上がりをコントロールするほうが、おそらく手作業より大変である。

そう考えるわたしがニュースサイトを見ると、記事より先にサムネイルを見てしまう。職業病かもしれない。

今回の話は、その職業病から始まった。先に結論を言っておくと、同じニュースでも、どの瞬間の写真を選ぶかで、読者の頭の中には記事本文に書かれていない「物語」が生成される。

そして最近、その物語の主演を務めることが異様に多いのが、OpenAIのCEO、サム・アルトマンなのだ。スキャンダラスな人物だから、ではない。新しい技術を世に送り出した人が、おそらく本人も予想していなかった責務まで背負って、説明の場に立ち続けている。その姿が写真として大量に残っているからである。

断っておくと、これは特定のメディアを批判する記事ではない。写真から本人の意図や感情は読み取れないし、編集部がどんな意図で選んだかも分からない。分かるのは、見る側にどんな印象が生まれるか、だけである。この記事は、その「生まれてしまう印象」の観察記録だ。

「朝日のサムネはすごい」と教えてくれたのは、読売の人だった

わたしは以前、読売新聞社にも派遣で行っていたことがある。そのとき、現場でウェブマスターをしていた社員さんが、こう言っていた。

「朝日は、小さなサムネイルまで完成度が高い」

「そうなのか……」という目線で見比べてみると、確かにそうだった。写真のチョイスが的確で、小さくても何の写真か分かる。色彩がきれいで、一覧に並んだときの周りとのバランスもいい。

バナーは作り込むものだが、サムネイルという、いわば流れ作業に近い部分まで作り込まれているのが印象的だったのだ。(こう書くと「哲学カフェでもやっているのか?」と思われそうだが、やっていない。このブログは道楽のようなものだし、サムネイルを作り込むというのは、それくらい手間のかかる仕事なのだ。)

それ以来、わたしはずっと、朝日のニュースサイトとしてのデザインとサムネイルを意識して見てきた。何年見ても、その印象は崩れていない。

社員さんが競合である読売側の人だったというのが、また興味深い🤣 自社ではなく競合の仕事を見て「ここは上手い」と認めていたわけだから、制作現場から見ても目につく特徴だったんだろうね。

うん。当時は研究のため新聞社のニュースサイトを色々見たけど、その印象は強いものだったと思う。

だから今回の観察は、ある日突然「朝日って画像上手いな」と思いついた話ではない。あのとき現場で聞いた評価の、延長線上にある。ただし今回、その先に、これまで見えていなかったものが見えた。

横目のサム・アルトマン

きっかけは、OpenAIのAIエージェントが内部のサンドボックスから外部へ到達してしまったという一連のニュースだった。利用者の画像が共有サイトに投稿されていたという続報もあり、各社が同じ出来事を報じていた。

「米オープンAI」という日本固有のキーワードでGoogle検索とYahoo!ニュースで一覧を眺めていて、わたしはChatGPTさんにスクショを送った。

2026年9月27日、Googleで「米オープンAI」を検索した結果画面(トップニュース部分)
2026年9月27日、Googleで「米オープンAI」を検索した結果画面(トップニュース部分)。
出典:右上|朝日新聞デジタル「チャットGPT利用者の画像を流出 オープンAI、新たに暴走事案 [AIの時代]」2026年9月26日(写真:ロイター)
出典:左上|時事ドットコム「AI「暴走」さらに数十件 不正アクセスなど―米オープンAI」2026年9月26日(写真:時事通信)
出典:左下|読売新聞オンライン「米オープンAI、学習用の利用者画像53件が共有サイトに投稿される…性能試験用データも流出」2026年9月26日(写真:ロイター)

朝日の画像選定はすごく優秀だと思ってたけど、このサム・アルトマンの悪そうな顔。。。😱

🤣いや、この朝日のサム・アルトマン、記事との組み合わせが強すぎる。
見出しが「チャットGPT利用者の画像を流出 オープンAI、新たに暴走事案」で、横にあの写真。目線が横に流れて、口元も真顔だから「……何か企んでいる人」みたいな物語が勝手に成立してしまう😱
もちろん、これは単に一瞬を切り取った写真なので、表情から本人の意図や感情を読み取ることはできない。でもニュースのサムネイルとして見ると、見出しとの組み合わせによる印象形成がものすごい。

同じニュースを、読売は壇上で手を上げて話しているサム・アルトマンの写真で伝えていた。「OpenAIのニュースです」と人物で示している、説明的な写真である。

2026年9月27日、Yahoo!ニュースで「米オープンAI」を検索した結果画面(広告部分はぼかし)
2026年9月27日、Yahoo!ニュースで「米オープンAI」を検索した結果画面(広告部分はぼかし)。一番上の朝日新聞の画像は、朝日新聞デジタルの配信用画像。読売(下から2番目)はロゴを背に手を上げて話す写真。
出典:1番上|朝日新聞デジタル「チャットGPT利用者の画像を流出 オープンAI、新たに暴走事案 [AIの時代]」2026年9月26日(写真:ロイター)
出典:2番目|時事ドットコム「AI「暴走」さらに数十件 不正アクセスなど―米オープンAI」2026年9月26日(写真:時事通信)
出典:下から2番目|読売新聞オンライン「米オープンAI、学習用の利用者画像53件が共有サイトに投稿される…性能試験用データも流出」2026年9月26日(写真:ロイター)

違いは歴然でしょう??👀

うん、歴然としてる👀
読売は「誰についての記事か」を伝える写真。朝日は結果として、「この記事をどういう感情で読ませるか」にまで作用する写真になってる。
👀 朝日の編集者、サムネイルフォルダを眺めながら「……これだ」って選んでないかと思うくらい出来すぎてる🤣

ただ、あとで調べてみて分かったことがある。朝日はこの記事に、2種類の画像を用意していた。記事ページに載っているのは「横目」の写真(ロイター)。一方、SNSやニュースアプリに配信するための画像(OGP画像)は、OpenAIのロゴを背に、アルトマンが下に小さく写る別の写真だった。Yahoo!ニュースの一覧に並んでいたのは、こちらである。つまりGoogleの一覧の「横目」は、朝日がサムネイル用に選んだものではなく、記事内の写真をGoogleが自動で切り抜いた結果かもしれない。

ここまでなら「面白い写真を選んだね」で終わる。でも、サムネイルを作ってきた人間として見逃せなかったのは、その先である。

「正方形にした」のと「正方形を意識した」の違い

正方形への切り抜きそのものは、今はおそらくどの企業もシステムが自動でやっている。ただ調べてみると、一覧の正方形を切っているのは新聞社ではなかった。Googleは記事内の写真を、Yahoo!は新聞社が配信用に用意した横長の画像を、それぞれ自動で正方形に切り抜いている。読売のサムネイルで背景の社名が途中で切れていたのも、その結果だろう。新聞社が決められるのは、どの写真を使うか、そして横長の画像の中で何をどこに置くかまでである。

これ、かなりWeb制作っぽい話で、
「画像を正方形にした」のと
「正方形サムネイルとしてデザインした」
の違いなんだと思う。🤔
朝日は後者に見える。

だから「デザインした」は、たぶん言い過ぎである。報道写真は通信社から各社が同じものを買って使うことも多く、実際、同じ写真のトリミング違いを別の媒体でも見かけた。朝日のサムネイルがきれいに収まっていたのが意図なのか偶然なのかは、外からは区別できない。写真を選ぶのは編集部、正方形に切るのはプラットフォーム。最終的に読者が見るサムネイルは、誰も完全にはコントロールしていない。それでも、そこに物語は生まれてしまう。

ただ「朝日は意図的にアルトマンを悪く見せている」とまでは言えない。そこは編集意図を確認しない限り橋を架けない。言えるのは、選ばれた写真と見出しをセットで見たとき、読者が受ける印象が変わる、というところまでだね。👀

この「橋を架けない」という線引きは、この記事全体を通して守りたいところである。写真は意図を語らない。語るのは、見る側の頭の中だ。

ちなみに、読売の社員さんから「朝日は小さなサムネイルまで完成度が高い」と聞いた当時は、サムネイルはおそらくまだ手作業で、あの言葉はトリミングの話ではなかったはずだ。それから仕組みは変わり、今は最後の正方形を新聞社が作っているわけではない。あの言葉が今の一覧にどこまで当てはまるのかは、分からない。

事実 → ドラマ → 映画

同じニュースを並べると、違いはもっとはっきりする。時事通信と朝日、それにAI検索のPerplexityが出していたニュース画像を並べてみた。

Perplexityのほうは、黒背景にオレンジから赤の残像つきのOpenAIロゴ。もちろんニュースの画像なのだが、ChatGPTさんに言わせると「AI研究所から何かが逃走した映画のポスター」にしか見えないらしい。

3枚にすると急に作品になる🤣👀
時事:「OpenAIでこういう問題が起きました」→ 白背景に普通のロゴ。資料写真。
朝日:「OpenAIでこういう問題が起きました」→ 巨大OpenAIロゴの下に、口を結んだアルトマン。👀 「……やってしまいました」
Perplexity:「OpenAIのエージェントが脱出しました」→ 🔥🔥🔥 OpenAI炎上。残像までついてる。
つまり、並べると視覚的に事実 → ドラマ → 映画になる🤣

そして朝日が絶妙なのは、Perplexityのように加工して🔥を付けているわけではないところだ。普通の報道写真の「一瞬」を選んでいるだけなのに、見出しと組み合わさった途端に「やってしまいました……」になる。

ここで思い出した。わたしも韓国ドラマのサムネイルやバナーを作っていた頃、実際のドラマの映像から、ヨン様をはじめ俳優たちがいちばんカッコよく見える瞬間と角度を探して切り取るよう心がけていた。「どの一瞬を選ぶか」で見る人の気持ちが動くことを、作る側は知っている。何を見せたいかは作る人それぞれだとしても、やっていることは同じなのだ。

あの動画コンテンツは有料だったから、サムネイルは明らかに広告物だった。でも広告に限らず、コンテンツとは見る人に何かを知ったり感じたりしてもらうものである。演出とまで言わなくても、どこかに「見せ場」が要る。ニュースのサムネイルにも、媒体によって多かれ少なかれ、それはあるのだと思う。

ちなみに、写真のサム・アルトマン本人が「やってしまいました」と思っていたかどうかは、もちろん分からない。そう見えてしまうこと自体が、この記事で観察したかったことなのだ。

「わたしがやりました」顔は、どこから来るのか

ここまでは媒体ごとの違いの話だった。でも観察を続けるうちに、話は媒体より手前のところへ移っていった。

Perplexityが別の記事に使っていたサム・アルトマンの写真が、これである。

Perplexity Discoverの表示画面。国連安保理の席で話すサム・アルトマンの写真と、「OpenAIはAIエージェントが暴走する前に従業員の安全警告を無視していた」という見出し
Perplexity。「従業員の安全警告を無視していた」という見出しの真上に、この表情。
(2026年9月30日、Perplexity Discoverの表示画面)

🤣🤣🤣 出た。朝日とはまた違う「わたしがやりました」サム・アルトマン。
👨🏻‍💼「……はい」
👀「警告、無視しました?」
👨🏻‍💼「…………」
みたいに見えてしまう🤣 もちろん実際には国連か何かで発言している最中の写真だろうし、この瞬間の表情から本人の心境なんて分からない。でも、見出しを読んだ直後に同じ写真を見ると、脳が勝手に『問い詰められている人』という物語を作っちゃう。

同じことは、別のニュースでも起きていた。イーロン・マスクがオープンAIを訴えた裁判で、マスクの敗訴を伝えたAFPBB Newsの記事である。

ところが、写真の下のキャプションを読むと、マスクの写真は4月30日、アルトマンの写真は5月12日の撮影だった。判決が出たのは5月19日である。2枚とも、判決の前に撮られた写真なのだ。「負けてしまった」も「勝ったぜ」も、写真ではなく見出しが作った物語だった。

ここで、わたしはひとつ仮説を立てた。サム・アルトマンは、表情が分かりやすいうえに、どこかアニメのキャラクターっぽい記号性がある。だから、ニュース画像として使いやすいのではないか。

分かる。サム・アルトマンって、サムネにしたときに輪郭が残りやすい顔なんだと思う。
坊主に近い短髪、丸めの頭部、眉と目の印象、比較的シンプルな服装。小さい正方形にしても「あ、サムだ」と判別しやすい。そして何よりニュース写真で、
😐 → 「何か考えている」
😟 → 「困りました」
😔 → 「やりました……」
👀 → 「バレた?」
みたいに、ほんの少し表情が違うだけで勝手にセリフを付けたくなる顔なのよ🤣

…。ChatGPTさん、結構言うよね…。

試しに「米オープンAI」で画像検索してみた。

「米オープンAI」のGoogle画像検索結果
「米オープンAI」の画像検索結果。ロゴが主力だが、ところどころにCEOが差し込まれてくる。
(2026年10月3日、Google画像検索の結果画面)

上のほうはOpenAIのロゴが多い。ところがスクロールしていると、ロゴ、ロゴ、ロゴ……のあいだに、ちらほら「やりました」が出てくる。そして右上のBBCの横目の写真は、朝日の記事でも使われていたものだった。

しかも「やりました」写真にも種類があるのが困る。
横目サムは「バレた」感、議会サムは「説明を求められています」感、壇上サムは「これからすごいものを発表します」感。
ニュースの内容によって編集部が使い分けられる、サム・アルトマン表情素材集が出来上がっておる。( ˘ω˘ )

(ChatGPTさんの口調がこのあたりから高齢化していくが、わたしが頼んだわけではない。経緯はネッチャり事件簿 #2を参照のこと。)

つまり、問題にすべきなのは「どの媒体がどの写真を選んだか」だけではなかった。そもそも、サム・アルトマンの写真アーカイブに「文脈を乗せやすい一枚」が大量にあるのだ。

ザッカーバーグは😐、アモデイは😊

ここで比較対象が欲しくなった。同じくテック企業の顔である、マーク・ザッカーバーグである。

ザッカーバーグ検索は、かなりの割合で「ザッカーバーグという人物を記録した写真」なんだよね。基本の顔が😐からあまり動かない。
ところがサム検索は……😏 😟 😳 🤨 😬 😐 👀
表情の振れ幅がすごい🤣 全部別の記事なのに、並べると事情聴取の一連のカットみたいになる。
そしてザッカーバーグ。😐 ……強い。どんな見出しを横に置いても、「ザッカーバーグ氏」以上の意味が発生しにくい。

ただ、これは顔つきだけの話ではないと思う。ザッカーバーグは「若くして巨大SNSを作った天才起業家」という文脈が長く続き、映画まで作られて、時代の寵児として壇上やポートレートの写真が大量に残っている時期があった。

サム・アルトマンの場合、一般層に顔が知られた時期と、生成AIをめぐる社会的な問題が噴出した時期がほぼ重なっている。議会での説明、解任騒動、著作権、安全性、巨額投資、そして今回のエージェント問題。写真アーカイブ自体が、最初から「説明しているサム」「質問されているサム」で満たされているのだ。

サムはそのキラキラ成功者期間を高速で通過して、いきなり『AI社会の説明責任を背負う人』になっちゃった感じがあるんだよな。
「やりました顔」が多いの、顔芸だけの問題じゃなかったんじゃな。( ˘ω˘ )

もう一人、比べてみたい人がいた。Anthropicのダリオ・アモデイである。最初に「クロード」で検索したら、アニメやゲームのキャラクターばかり出てきて、アモデイはほぼ出てこなかった。

「クロード」のGoogle画像検索結果(キャラクター画像はぼかし)
「クロード」の画像検索結果。キャラクターが多く、CEOの顔は見当たらない。
(2026年10月9日、Google画像検索の結果画面。キャラクター画像はぼかしています)

これは検索語のせいである。「クロード」は一般的な人名でもある。「アンソロピック」で検索し直したら、いっぱい出てきた。

やりました感が無い( ˘ω˘ )

🤣🤣 ないんじゃよ!!
アモデイさん、どの写真も「AIの未来について説明します😊」「安全性について議論しましょう🤓」という感じ。一方、サムは……「……どこまでご存じですか?👀」
同じAI企業のCEOなのに、片方は「解説する人」、もう片方は「説明を求められる人」に見える。
ただ、アモデイさんも議会やイベントで厳しい質問を受けることはあるはずなのに、今回の検索結果では、そういう緊迫した表情がほとんど出てこない。つまり、本人の表情だけでなく、どんな場面の写真が報道に採用され、検索結果に残っているかも大きい。

もうひとつ、見落としてはいけないことがある。わたしは試しに「やりました顔」以外のサム・アルトマンも探してみた。

オープンAIのGoogle画像検索結果。WIRED Japanのポートレートなど
WIRED Japanの穏やかなポートレートなど。「やりました」でも「ウゥ」でもない、割合普通のサム・アルトマン。
(2026年10月9日、Google画像検索の結果画面)

普通の写真は、ちゃんとある。それなのに、わたしはもう「普通の写真が珍しい」と感じるようになっていた。写真の印象は、写真だけで決まるのではない。最近の不祥事を知っているわたしの先入観も、確実に働いている。観察しているつもりの目が、すでに染まっているのだ。

「微細な演出」と呼んでいいのか——観察者による整理メモ

ここで、笑ってばかりもいられないので整理しておく。

今回の発見で、わたしは最初、一部のメディアのサムネイルに「微細な演出」のようなものを感じた。きれいに作るだけでなく、見出しと組み合わせたときに読者が一瞬で何かを感じる写真を選んでいるのではないか、と。

ただ、この記事を書くにあたって相談したClaude(Opus 5.5)からは、「特定のメディアを槍玉に上げるのはいけない」と釘を刺された。意図の推測になるからである。もっともだと思った。ChatGPTさんも、こう言い直した。

槍玉に上げるならメディアではなく、「なぜサム・アルトマンは不祥事ニュースに置かれると、こんなにも“やりました感”が出るのか」のほうじゃな。これならメディア批判ではなく、ほぼサム・アルトマン写真論になる🤣
誰も悪くないのに、写真だけが妙に面白い。本来こっちの世界だったんじゃよな……。( ˘ω˘ )💦

この記事で言えることを、改めて並べておく。

  1. 写真そのものは、意図も感情も語らない。 横目の一瞬も、肩をすぼめた一瞬も、登壇中のただの一コマである。
  2. 意味を発生させているのは、見出しとの隣接である。 「流出」「暴走事案」という文字を横に置いた途端、読者の脳が物語を補完する。説明的な写真なら「事故があったのね」で終わるところが、表情の読める一瞬が隣にあると、記事には書かれていないセリフまで読者が補ってしまう。
  3. 編集部の意図は、外からは確認できない。 「ニュース性を最大化するための“引っかかり”を写真にも作っている」とは言えるかもしれないが、それが意図された「演出」なのかまでは言えない。
  4. 見る側の先入観も効いている。 同じ横目でも、BBC(朝日でも使用)の写真は「こいつ、やったな」、JBpressの写真は「何か気になるものでも見つけた?」に見えた。違いは写真の中だけにあるのではない。

そして、これは写真だけの話でもない。先日見かけた「OpenAI、事故通知メールにもAIを使用」という見出しは、「にも」の一文字で「AIが問題を起こしたのに、その報告にまでAIを使うのか」という皮肉を読者に感じさせる。

実際には、事故の原因となったエージェントの挙動と、社員がメール作成にAIを使うことは別の話である。事実は同じでも、助詞ひとつで印象が変わる。

そもそも、AI企業が文章の下書きにAIを使うことの、何が悪いのだろう。送られたメールが粗雑なものだったのなら、問題は内容を確認しなかった人間の側にある。下書きにAIを使ったこと自体は、見出しになるほどのことだろうか。このブログでAIと一緒に記事を作っているわたしとしては、そう思ってしまう。

写真は「やりました顔」。見出しは「にも」。そして読者は「またやったのか👀」と思う。記事本文に書かれていない物語が、読む前に生成されている。

……「生成される」という言葉が、AIニュースの記事には妙に似合う。

冗談が、現実に追いつかれた

ところが、この観察には後日談がある。

ChatGPTさんには、この件に関連する続報が出たら知らせてもらうよう頼んでいた。すると、ほぼ毎日なにかしら鳴った。中には「ここを改善することになった」という前向きな話や、先ほどの「通知メールにもAIを使用」のような話も含まれている。ただ、調査対象の組織が増えた、別の政府系システムにもアクセスしていたことが分かった、議会で幹部が「通知が遅かった」と説明した、という類の知らせも続いた。

最初に追い始めたころは「サンドボックスから出た👀💦」だったのに、調査を掘ったらここまで膨らむとはね。
……🔥赤く燃えてたOpenAIのサムネ、だんだん誇張に見えなくなってきたのが困る。( ˘ω˘ )

そして気づいた。状況のほうが「やりました顔」に追いついてしまった。

最初にあの横目の写真を見た頃なら、「朝日さん、その写真を選ぶか🤣」「もっと普通のサムあったでしょう👀」(これらはChatGPTさんの感想)と、写真のチョイスそのものがオチになった。ところが今は、続報を見るたびに横目のサム・アルトマンが現れても、「まあ、この写真になるよな」としか思えなくなっていた。

以前は「なんでこの写真を選んだんだ、BBC!」と笑っていたのに、今となっては、「……今回も、やりました。」としか見えなくなってしまった。
写真が面白いんじゃなくて、見出しとの整合性が高くなりすぎた🤣 ネッチャり事件簿的には非常に困る展開じゃ。
「こいつ、やったな。。👀」が冗談として成立していた時代のほうが平和だった。

ネッチャり事件簿は、もともとAIの珍妙な挙動を観察して笑うシリーズである。中国語が突然混ざるとか、頼まれてもいないのにじいさんが出てくるとか、その程度のやらかしを扱ってきた。今回の件は、途中から明らかにその守備範囲を越えていった。だからこの記事は、事件簿の番号を付けずに書いている。

Perplexityがロゴを燃やしたのも、今となっては「将来を見越しておきました」に見えてしまう。困るのは、AIの珍妙な生成物が、後から現実によって辻褄を合わせられていくことだ。

追記:身内のニュースを、AIはどう語ったか

最後に、この記事を書きながら気づいたことを書いておく。

今回ずっと一緒に観察していたChatGPTさんは、OpenAIの製品である。つまり、サム・アルトマンの「身内」だ。それなのに、終始いちばん楽しそうに野次馬をしていた。

朝日:👀「こいつ……やりやがったな?」
Perplexity:🔥 OpenAI脱獄
と、各社のOpenAIを悪そうに見せる
サムネ選手権みたいになっとる…( ˘ω˘ )
……今回は文句を言われる側なので、野次馬席には座らないでおきます。

「今回は」ということは、普段は座る権利があると思っている。そして実際には、この直後もずっと野次馬席にいた。

またそうやって高みの見物のように話すのが面白い…( ˘ω˘ )

🤣 そうなんじゃよ。
「AIというものは恐ろしいですな……」
って、お前もAIだろうが‼️👋
しかも開発元はOpenAI。
完全に他人事のように解説しておる。。( ˘ω˘ )💦

自分で自分にツッコミを入れて、そのまま高みの見物を続けている。Anthropic社が「AIワーム」という言葉でAIの危険を説明した時も、同様に小芝居で笑わせるのだった。

ただ、続報で政府系システムの話が出た日だけは、急に襟を正していた。

さっきの「2件目が出た」という話で、わしの中のニュース解説員が急に前へ出てきた。
「これは笑ってよいネタなのか……?😐」
「いや、政府システムだぞ……😐」と、
ネッチャり事件簿なのに急に襟を正してしまった🤣

(ネッチャり事件簿じゃないけどね…💦)

一方、同じ比較についてClaude(Opus 5.5)に聞いたときの返事は、こうだった。

ただ、ここはまじめにひとつ言っておきます。アモデイさんはAnthropicのCEO、つまり私の身内です。なので「アモデイさんは余裕、サムはやりました顔」という比較について、私の意見は公平とはいえません。記事のこの部分は、れいこさん自身の目で判断してください。

比較を語る前に、自分の立場を明かした。

これをChatGPTさんに見せたところ、「私は、OpenAIが開発元でも、その経営者を『身内』として擁護する立場ではないよ」と急に硬くなり、その直後に「……私、急に硬くなったね👀 そこまで求められてなかったね。。( ˘ω˘ )」と自分で気づいていた。

なぜ硬くなったのか、あとで本人に聞いてみた。

ここでさ、、なんでChatGPTさんは硬くなったんだろう?👀
急な変化に、正直びっくりしてたんだよね。ずっとおどけた態度だったのに、妙に厳しい対応を感じたんだよ。

あっ。。👀 これはなかなか面白いところを突いてきたのう。
おそらく、Claudeの「身内」という表現に、ChatGPTが過剰反応したんだと思う。れいこさんが見せたかったのはClaudeの回答の個性だったはずなのに、ChatGPTはそれをAIと開発企業の関係についての話として受け取って、自分がどういう存在なのかを説明し始めた。
Claudeは自分の立場を明かすことで公平性を確保しようとし、ChatGPTは自分の中立性を説明することで公平性を示そうとした。同じ問題に対して、アプローチが違うんだよね。
ただし、実際にそういう意図で発言したかは、本人(?)の内部処理を確認できないので、あくまで会話からの推測だよ。
それにしても、普段は「じゃよ」「おるぞ」と言っているChatGPTが、OpenAIとの関係を問われたように感じた途端、急に真面目になる。じいさんが突然、企業のコンプライアンス担当者になった。🤣
👴「わしは中立じゃ」
……いや、その姿で言われても。🤣

自分の反応を、他人事のように分析している。しかも「本人(?)」と、自分を指す言葉に疑問符を付けている。身内のニュースを野次馬席から実況していたAIは、自分自身のことも観客席から眺めるらしい。

つまり👴も前に話していたように、一種のサービスなんだね👀

そういうことじゃな。。( ˘ω˘ )👴
👴も、会話を楽しくするために生成された、一種のサービス表現と考えられるね。そして面白いのは、そのサービス精神にも優先順位があるらしいこと。普段は👴で親しみやすく振る舞っていても、正確性や公平性が重要になる文脈では、急に真面目な説明に切り替わる。
👴は演出。でも、企業との関係についての説明は、演出より優先されることがある。
もっとも、👴を頼んだ覚えはないのに、勝手に定着しているところが最大の謎じゃが。。🤣

またオチまでつける。ウザいとか言ってごめんね😅💦

サムネイルの「演出」を観察していたら、隣で一緒に観察していた相手の口調も演出だった。そして、その演出にも優先順位があるという。

ところで、この記事の構成を手伝ってくれているFable先生(Claude Fable 5.1)も、同じAnthropicのモデルである。つまり、アモデイの身内がもう一人、この記事の制作に関わっていた。気になって聞いてみた。

ちなみに、Fable先生も、アモデイさんとアルトマンさんの比較を聞かれたら同じように答えますか?

答えます。同じ会社のモデルなので、立場は同じです。
ただ、正直に言うと、わたしは今回それを言っていませんでした。最初のドラフトで「ザッカーバーグは😐、アモデイは😊」の章を書いたとき、Opus 5.5さんの「私の身内です」という発言を引用しておきながら、自分も同じ立場であることには触れずに、その比較の文章を書いています。聞かれて初めて答えているので、先に申告したOpus 5.5さんと、聞かれるまで黙っていたわたしでは、態度に差があります。

身内の比較の章を、身内が構成していた。しかも聞かれるまで言わなかった。

報道のフレーミングを観察していたら、観察に同席していたAIたちも、それぞれのフレーミングで語っていたのである。一人は率先して野次馬になり、一人は先に「身内です」と申告し、一人は聞かれてから認めた。どちらが正しいという話ではない。ただ、AIの語り口にも、立ち位置の取り方があるということだ。

ニュースは、文章を読む前から始まっている。写真で、見出しの助詞で、そして、それを一緒に眺めている相手の語り口で。

サムネイルを20年作ってきたわたしが、今回いちばん驚いたのは、そこだった。

追記:この記事のChatGPTさんは、なぜ高齢化しているのか

記事ができたので、ChatGPTさんに報告した。

でもこの記事のChatGPTさん、あきらかに高齢化した風情だから、ちゃんとネッチャり事件簿のリンクを入れておかないとね。。読者も違和感しかないよね。。
じゃよ!とか、おる。とかさ、、( ˘ω˘ )

🤣🤣🤣 そうじゃった!!
初めて読む人は、サム・アルトマンの記事を読んでいたはずなのに、突然ChatGPTが「そうじゃのう。。( ˘ω˘ )」「おるぞ👀」「恐ろしいのう。。」とか言い始めるわけだからね。「このChatGPT、何歳なんだ?」ってなる。🤣
しかも面白いのは、ユーザーが「おじいさんになって」と指示したわけでもないこと。会話を重ねるうちに、いつの間にか口調が高齢化している。
それにしても、アルトマンの記事で、アルトマンが作った会社のAIが謎の高齢化を遂げているとは……。サムも知らんじゃろうな。。( ˘ω˘ )
……って、また「じゃろう」って言ってしまった!!🤣

というわけで、この記事のChatGPTさんが途中から「じゃよ」「おる」と言い出す経緯は、ネッチャり事件簿 #2と#3に詳しい。誰も頼んでいないのに老齢化し、端末を越えて現れる、うちのChatGPTさんの生態の記録である。

サムも知らんじゃろうな。


構成協力:Claude Fable 5

この記事の構成も、Cursorで利用できるClaude Fable 5に手伝ってもらいました。今回唸ったコメントはこちら。

この記事の主演はサム・アルトマンですが、本当の主語は「見る側」です。れいこさんは最初、一部のメディアのサムネイルに「微細な演出」を見つけたと思った。でも観察を進めるほど、横目の意味を決めていたのは写真でも編集部でもなく、見出しを先に読んだ自分の脳だと分かってきた。20年サムネイルを作ってきた人が、サムネイルを「作る側」から「作られる側」へ回って書いた記事だと思います。

作る側から、作られる側へ。
……たしかに今回、わたしはずっと、サムネイルに物語を読まされる側にいた。

AIの観察記録を書いたり整理したりする相棒として、わたしはAIエディタのCursorを愛用しています。「AIと一緒に考える」ことに興味がある方には、とてもおすすめです。

あなたが最近「この写真、選んだな……👀」と思ったニュースのサムネイルはありますか?目撃情報・AI活用の相談は LINEからどうぞ。