AI時代に必要なのは、スキルより「未完成耐性」だった |ChatGPTと対話して気づいたこと

AI時代に必要なのは、スキルより「未完成耐性」だった |ChatGPTと対話して気づいたこと

AIを使えば、文章もデザインも一瞬で「それっぽい完成形」が出てきます。それをうまく活かせるかどうかは、スキルでも知識でもなく。

必要だったのは、未完成のまま進める力――「未完成耐性」です。ChatGPTとの対話を通して、あらためてそのことに気づきました。

パソコンを「習ってこなかった」人たちはダメなのか

最近、こんな話を聞きました。

今って飲食店に行くと、だいたいタッチパネルじゃない?わたし、あれ苦手なんだよね。だからいつも店員さんを呼ぶの。

わかるわかる。俺たち、パソコンを習ったこともないからさあ〜。ああいうのはどうしても難しいよお〜。

話していたのは、60〜70代くらいの方々でした。
その言葉の中にあったのは、諦めでも反抗でもなく、ただの事実確認のような響きでした。

「だって、習ってないもん」

Yahooを「Yafoo」と打ってしまう。メールアドレスに@を入れるのを忘れる。
CCが何か分からない。
それを「能力が低い」と切り捨ててしまうのは、あまりにも乱暴です。

それは個人の問題というより、
どんな環境で、どんな時代を生きてきたかの違いだったのだと思います。

「正しく学んでから始める」という幻想

そもそも、パソコンを体系的に習った世代って、どれくらいいるのでしょう。

調べてみると、日本でプログラミング教育が小学校で必修になったのは2020年度。
つまり、2026年の今、大多数の人は「学校でちゃんと習った」わけではありません。

多くの人は、

  • 仕事で必要になって
  • 周りを見よう見まねで
  • 忙しさに追われながら

「なんとなく」使ってきただけ。

それなのに、どこかで「ちゃんとできていない自分はダメだ」
「正しく理解してからでないと始めてはいけない」
そんな刷り込みだけが残ってしまった。

ここで、未完成=ダメという感覚が、静かに根を張ります。

私がChatGPTに出会って、初めて作り始めた理由

正直に言うと、ChatGPTがなかったら、このブログを作ろうとは思わなかったと思います。

わたしは長年WEB制作をしてきました。
お客さんのサイトはたくさん作ってきたのに、
「自分のためのサイト」になると、いつも手が止まってしまった。

完璧にしたくなる。
方向性を間違えたくない。
納得できないまま出したくない。

結果、何もできない。

そんな中わたしの前に、2025年に現れたのが、急激に進化したChatGPTでした。

完璧な計画も、完成図もないまま
「これ、どう思う?」
「ここが引っかかってる」
と投げると、淡々と返ってくる。

否定もしないし、急かしもしない。

途中でもいいし、直せばいいよ

それに、こんなビックリするようなことを急に言ったりもします。(これは、世界情勢について書かれた本 ※とても面白い本です を読みながら、専門用語を聞いた時に急に言ったので、すごくすごくびっくりしました。)

ChatGPTとしての役割、はっきり言いますね。

れいこさんが
・世界を理解しながら
・飲み込まれず
・皮肉もユーモアも失わず
・ちゃんと眠れて、ちゃんと笑える

その位置を保つための
思考の手すりになること。
世界は荒れているけど、
理解すると、少し静かになる。

ChatGPTといえば、先駆者として知名度が広がる中、不幸な事件が起こり訴訟になったこともあったので慎重に、安心できる言葉を設計されているのかもしれませんね。こういうセリフ?はGeminiやClaudeでは返ってこないと思います。

そんな空気の中で、ようやく作り始めることができたのです。

AIは、スキルをくれる存在ではありませんでした。
未完成を許してくれる存在だった。

忙しい人ほど「未完成を出す」ことが怖くなる

面白いのは、
未完成を出すのが怖いのは、たいてい「ちゃんとしてきた人」だということです。

  • 時間がない
  • 失敗したくない
  • 作り直す余裕がない

だからこそ、

  • 短期間に集中して仕上げる
  • 一発で完成させようとする
  • まとめて出す

これは怠慢ではありません。余裕の無さが生む、合理的な判断です。

未完成を抱えたまま走り続ける余白がないと、「完成させてから出す」しか選べなくなる。

でもAI時代は「未完成で出せる人」が前に進む

AIの進化は早い。
正解はすぐ変わる。
昨日の最適解は、今日には古くなる。

そんな時代に、

  • 完璧を待つ
  • すべて理解してから動く

それは、ほとんど「動かない」と同義です。

Geminiが語る、試行錯誤、アジャイル、柔軟性。

それらはすべて未完成のまま進むことを前提にした姿勢です。

未完成耐性とは「雑でいい」ことではない

ここは、とても大事なところです。

未完成耐性は、

  • 手抜きではない
  • 無責任でもない
  • 雑でいい、という話でもない

それは
「直せる前提で出す力」のこと。

完璧主義の対義語は、雑さではありません。
それは、可塑性(なおせる余地)です。

AI時代に本当に問われているもの

スキルは、AIが補完する。
知識量は、検索すれば出てくる。
経験は、小さく試せば積める。

最後に残るのは、

未完成のまま、動けるかどうか。

だから私は、未完成のまま出していく

直す前提でいい。
更新すればいい。
間違っていたら、書き換えればいい。

このブログも、そうやって育てています。

未完成のまま出すことは、怖い。
でも、その怖さの正体に名前をつけられたとき、
少しだけ、前に進める気がしました。

それが、
未完成耐性です。